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Apple Podcasts「広告なし」機能の波紋──プラットフォーマーの支配力とクリエイターのジレンマ

2025.11.20

smnl-apple-podcasts-ad-free-compensation 多くのビジネスパーソンにとって、通勤や情報収集の手段として定着したポッドキャスト。リスナーとしては、広告に遮られることなくコンテンツを楽しめる広告なしの体験は非常に魅力的です。しかし、その快適な体験の裏側でコンテンツ制作者(パブリッシャー)が対価なき負担を強いられているとしたら、ビジネス視点での議論が必要です。

ポッドキャスト業界の主要ニュースメディアであるPodnewsは、Apple Podcastsが展開する新機能に関して、制作者への補償が欠落している実態を報じました(出典: https://podnews.net/article/apple-podcasts-ad-free-essentials

本記事では、Appleのこの新施策が業界に与えている衝撃と、競合Amazon Musicとの戦略の違い、そして浮き彫りになる「プラットフォーマーとクリエイターの力関係」について解説します。

1. Apple Podcastsの新機能「Series Essentials」の光と影

Apple Podcastsは、特定のポッドキャスト番組を特集する「Series Essentials」という企画を展開しています。ユーザーにとっては、厳選された良質なコンテンツを広告なしで楽しめるメリットがありますが、その裏には制作者側の複雑な事情が存在します。

1-1. 注目枠獲得の条件は「無償での広告削除」

Podnewsの取材によるとこの特集枠に選出され、アプリ上でプロモーションされるための条件として、パブリッシャーは番組を「広告なし」で提供することをAppleから求められています。

あるパブリッシャーは、プロモーション期間が終了すれば再び広告を有効にできると証言していますが、問題はその期間中の収益です。Apple側は、広告を削除することによって発生する収益の損失に対し、補償を一切行っていないと見られています(Appleはこの件に関してコメントを避けています)。

1-2. プラットフォーマーだけが潤う構造への懸念

この施策は、パブリッシャーにとって大きな賭けです。特集枠への掲載は、確かに番組の露出を増やし、Apple Podcasts上での有料サブスクリプション登録者を増やす可能性があります。しかし、広告収益という確実な収入源を断たれるリスクを負うのはパブリッシャーだけです。

一方でAppleの立場は盤石です。広告収益の有無に関わらず自社の懐は痛まず、むしろ特集によって有料サブスクリプションが増加すれば、その手数料として30%の手数料収入を得ることができます。つまり、リスクは制作者に負わせ、プラットフォーマーはメリットのみを享受するという構造となっています。

2. 競合Amazon Musicとの決定的な違い

Appleの姿勢と対照的なのが、競合であるAmazon Musicのアプローチです。Amazonも同様に、プライム会員やUnlimited会員向けに「広告なし」のポッドキャストを提供していますが、そのビジネスモデルは根本的に異なります。

2-1. 広告枠の「買い取り」による補償モデル

Amazonの場合、対象となる番組の広告枠を自社で買い取る形で「広告なし」を実現しています。

大手ポッドキャスト配信プラットフォームであるAcastは、Amazonのモデルについて「Amazonがアプリ上のすべての広告枠を買い取っているため、通常の広告出稿と同じ扱いになる」と説明しています。つまり、パブリッシャーは広告が表示されなくても、Amazonからその分の対価を受け取ることができるのです。

2-2. クリエイターとのパートナーシップ格差

また、プロモーションの規模にも差があります。Amazon Musicは、タイムズスクエアの看板やロンドンの駅構内など、アプリの外に向けた大規模な広告キャンペーンを展開し、番組の認知拡大に投資しています。

一方、Appleの今回の施策に関しては、業界内や自社エコシステム内での告知に留まっており、一般層に向けた広範な広告展開は見られません。Appleは「パブリッシャーは露出が増えることに興奮している」と主張しますが、対価を伴わない露出拡大が、持続可能なパートナーシップと言えるのか疑問が残ります。

3. 沈黙するクリエイターたち──強まるプラットフォーム依存

これほど条件に差があるにもかかわらず、なぜ多くのパブリッシャーはAppleの要求を受け入れているのでしょうか。そこには、抗うことのできない力関係が存在します。

3-1. 巨大市場を握るAppleへの忖度と恐怖

米国において、Apple Podcastsは依然としてポッドキャスト聴取におけるNo.1アプリであり、絶大な影響力を持っています。パブリッシャーにとって、Appleとの関係悪化は死活問題です。

Podnewsが複数のパブリッシャーに取材を試みたところ、多くは「ノーコメント」を貫くか、取材自体を無視しました。これは、Appleの機嫌を損ね、将来的なプロモーションの機会を失うことを恐れているためだと推測されます。かつて2015年、テイラー・スウィフトがApple Musicの無料トライアル期間中の無報酬方針を公に批判し「Appleを尊敬しているからこそ、報復を恐れて声を上げられないアーティストが多い」と語った状況と酷似しています。

3-2. 資金難・人員削減が続くポッドキャスト業界の弱み

さらに、現在のポッドキャスト業界を取り巻く厳しい経済状況も背景にあります。過去1年間で、公共ラジオ局や大手スタジオ(Wondery、SiriusXMなど)を含め、業界全体で数百人規模の人員削減やスタジオ閉鎖が相次ぎました。

資金繰りに苦しむメディア企業にとって、たとえ一時的に広告収益を捨ててでも、露出確保のためにプラットフォームへの依存を深めざるを得ないという、構造的な課題があります。

4. 考察:持続可能なクリエイターエコノミーのために

Appleは時価総額数兆ドル、年間純利益1900億ドル(約28兆円)規模の超巨大企業です。その豊富な資金力をもってすれば、Amazonのように広告枠を買い取る、あるいは何らかの補償を用意することは決して不可能ではないはずです。

4-1. 「露出」か「対価」か、迫られる選択

2015年のテイラー・スウィフトによる告発の際、Appleはわずか24時間以内に方針を転換し、無料期間中もアーティストに対価を支払うことを決定しました。しかし今回の件では、業界の経済的な疲弊も相まって、組織的な反対運動は起きていません。

「良質なコンテンツには正当な対価が支払われるべきである」これはビジネスの基本原則です。プラットフォーム側が優越的地位を利用し、クリエイターに対価なしの労働や提供を強いる構造は、長期的にはコンテンツの質を低下させ、業界全体の衰退を招く恐れがあります。

まとめ

Apple Podcastsの「広告なし」施策は、ユーザー体験の向上という名目の下、クリエイターへの経済的負担の上に成り立っている側面が否めません。対照的なAmazonの「対価あり」モデルとの比較は、プラットフォームビジネスのあるべき姿を問いかけています。

私たちビジネスパーソンも、サービスの利便性を享受するだけでなく、その背後にあるエコシステムが健全に機能しているか、クリエイターに適正な利益が還元されているかという視点を持つことが、持続可能な文化を育む第一歩となるでしょう。

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曽志崎 寛人
PROPO.FM Producer
曽志崎寛人
歴史ポッドキャスト「ラジレキ〜ラジオ歴史小話」 ナビゲーター