podcasting Column

「ハーバード・ビジネス・レビュー / HBR」のポッドキャスト『IDEACAST』に秘めたマーケティング戦略とその狙い

2020.01.29

近年、ビジネスシーンで存在感を増しているPodcastを活用したマーケティング。既にアメリカやイギリス等の英語圏ではPodcast市場が急速に拡大しています。

本記事では、ビジネス誌・Harvard Business Review(HBR)のPodcast活用術を例に、Podcastが世界中で注目を集める理由、そして先進企業のPodcast活用事例をご紹介します。

創刊1922年、世界最古のマネジメント誌「Harvard Business Review」

今回フィーチャーするHarvard Business Review(HBR)は、 1922年にハーバード・ビジネス・スクールの機関誌として創刊された世界最古のビジネス雑誌です。マーケティング、リーダーシップ、人材マネジメントなど、幅広い分野の著名人の寄稿やインタビューや、ビジネス現場で活用できるコンテンツを取り扱うHBRは、世界14ヶ国で翻訳・出版され、多くの経営者やビジネスリーダーに愛読されています。

HBRは、巧みなWebマーケティング法を用いて、ファンを増やしています。今回は、英語版HBRのPodcastマーケティングについてご紹介します。

なぜ今、Podcastがアメリカで急成長を遂げているのか

HBRのPodcastマーケティングの具体例に入る前に、Podcast市場全体の話に触れておきましょう。

アメリカのPodcast視聴者数は年々右肩上がりに増え、現在人口の約半数の1億4400万人がPodcastを楽しんでいます(2018年時点/米エジソンリサーチより)。Podcast市場が急成している長背景には、スマホ・タブレットの普及や人気番組の誕生など、様々な要因がありますが、注目すべきは、制作サイドのメリットの大きさです。

第一に、コスト面。音声コンテンツの制作コストは、動画制作の数十分の一程度に抑えられます。高品質な番組が、圧倒的低コストで実現できるのです。

第二に、情報の質。テキスト記事と比べると、音声コンテンツで伝わる情報量が多く、短時間で多くの情報が欲しい現代社会にマッチします。

近年、アメリカではPodcastの広告市場が確立し、ラジオ広告より効果が大きいことから、ますますビジネスでの活用人気が高まってきました。2019年初頭には、Spotifyも500億円を投じてPodcastを強化すると宣言しています。

今回ご紹介するHBRも、Podcastを巧みにマーケティング面で活用している企業の一つ。それでは、実際どんな活用をしているのか、具体的に見ていきましょう。

雑誌発の人気Podcast番組「IdeaCast」とは

HBRが2006年からスタートしたPodcast番組「IdeaCast」は、SpotifyやPadbay等のランキングでも上位の人気番組。HBRの編集者であるSarah Greenが、自ら様々なビジネスシーンで活躍する著名のCEOや大学教授にインタビューする、いわばHBRのPodcast版コンテンツです。

「IdeaCast」は、雑誌を作る過程で録音されたインタビュー音源から作られています。既存の音源を、臨場感あふれるコンテンツに再編集して生まれたのが、Podcast番組「IdeaCast」 なのです。

「IdeaCast」は、雑誌のWeb版である「HBRオンライン」のサイト内で、音源の書き起こし記事とあわせて掲載されています。ユーザーは、Podcastを聴きながら記事を読んで理解を深めたり、いずれか一方のみを楽しむこともできます。

過去にはGoogleのエリック・シュミットや、元大統領のビル・クリントンなどの著名人もインタビューに登場。多くの評価サイトで「Best Business Podcast」として紹介されているのも納得の内容です。

「Idea Cast」の人気エピソード3選

「IdeaCast」の人気エピソードの中から、特に聞いてほしいエピソードを3つご紹介しましょう。

01.『マーベルに見るコンテンツを生み出し続けるための組織論』

世界中の映画ファンを魅了しているマーベル・シネマティック・ユニバース。斬新な作品を世に送り出し続けられる秘訣に迫るエピソードです。

マーベル成功の3つの要因を、INSEADビジネススクールの准教授Spencer Harrison氏が解説。さらに、ビジネスで応用するための方法が紹介されています。「映画製作に学ぶ、ビジネス」。ユニークな視点でビジネスを学ぶことができる必聴のエピソードです。

『マーベルに見るコンテンツを生み出し続けるための組織論』

02.『宇宙ビジネスを通じて広がるデータ収集と、日常生活の変化』

データを通して、私達の生活と密接に関わっている宇宙ビジネス。近年のベンチャー企業の市場参入により、宇宙ビジネスの低価格化がおきています。番組内では、人工衛星で生成された膨大なデータを使い、解決困難とされてきた宇宙ビジネスの課題に挑む現状が紹介されています。

私達の生活にも大きく影響する分野だからこそ、一度は聴いておくべきエピソードです。

『宇宙ビジネスを通じて広がるデータ収集と、日常生活の変化』

03.『マネージャー経験で深める自己理解』

先頭を切ってプロジェクトをリードする「マネージャー」職は、自信に満ちた人にしかできない仕事なのか。この疑問にFacebookのプロダクトデザインの最高責任者・Julie Zhuo氏が答えています。

Zhuo氏が、自分より経験豊富なプロジェクトメンバーのいるチームをまとめる中で、マネージャーの最も大事な仕事を見出すエピソードは、マネージャー職に興味を持つ方や、マネジメントで悩む方たちに、ぜひ聴いてもらいたいエピソードです。

『マネージャー経験で深める自己理解』

Podcast運用で有料顧客を獲得する、戦略的仕組み

HBRはPodcastを、HBRブランドを世界発信する目的と同時に、見込み顧客である無料ユーザーををサブスクリプションユーザーへと導くための営業ツールとして巧みに活用しています。

ライトなファンを魅了する番組品質と視聴ハードルの低さ

「IdeaCast」のコンテンツには、HBRに深い興味のないユーザーでも抵抗なく、世界最高峰の知識にアプローチしたくなる工夫であふれています。例えば、ハーバードの論文を読もうと思わない人でも、「短時間でより多くの作業を行うための5つの戦略」なら読んでみたいという人は多いはずです。

また、場所を選ばず、月に6本まで無料で視聴できる点も魅力です。講演会に出かけるよりはるかに短時間で、同レベルの知識に触れることができるのです。

そして、1番組が20~30分程度で構成されており、気軽に視聴できる点も、忙しいビジネスパーソンに支持されています。

有料購読までのスムーズな導線設計

「IdeaCast」に興味を持ち、もっと深く知りたいユーザーは、HBRオンラインで文章コンテンツを読み、さらに理解を深めることができます。

HBRオンラインには多様なコンテンツが用意されています。例えば、ライブ感を味わえる「ケーススタディディスカッション」や、リーダー向けのアイデアが紹介された「VIDEO」など、ユーザーの興味に合わせて番組を自由に選べます。

実はこれらのコンテンツには、有料・無料のコンテンツが交錯しています。見込み顧客だった無料ユーザーが、徐々に強い興味を持つようになり、最終目的であるサブスクリプションサービスへと流れていくのです。

持続性に優れたコンテンツ作りで、長期的な顧客へ

今後の課題は、サブスクリプションサービスのユーザーを長期的な顧客へと育てることです。常に番組内容が、ユーザーの期待を超えるものであれば、もちろん利用は継続されます。この点、「IdeaCast」は世界最高峰のビジネススクールが母体なっていて、強いコンテンツを継続的に生み出せる環境が整っていることが強みです。

時代の変化やニーズを機敏に掴み、面白いコンテンツを世に出し続け、ユーザーとの信頼関係を作っていくことが長期的なサービス成長に不可欠なのです。

「IdeaCast 」だけじゃない! HBRの多彩なチャンネル

HBRでは「IdeaCast」 だけではなく、時代のニーズ合わせ、さまざまなPodcast番組を用意しています。その一例をご紹介しましょう。

ビジネスに携わる女性のためのチャンネル「Women at Work」

ビジネスの場で女性の活躍が目立つようになりましたが、彼女たちが働きやすい環境づくりは追いつかない現状があります。このような環境下で「いかにして問題と向き合ったら良いのか」について、毎回ジェンダーのエキスパートのゲストと、ホストの女性3人が、自身の経験談を基に視聴者にアドバイスを届ける番組です。(HOST : Amy Bernstein、Amy Gallo、Nicole Torres)

「Women at Work」

あなたの悩みに答えます!「Dear HBR」

視聴者から寄せられる仕事場での悩みについて、ホストのAlison BeardとDan McGinnがゲストとともにが答えます。IdeaCastがビジネスに関する汎用的なアドバイスや知識を扱うのに対し、Dear HBRは、更に小さな単位のビジネスケースを対象に、ピンポイントでアドバイスを視聴者に届ける番組です。

「Dear HBR」

ビジネスとカルチャーなら「After Hours」

Harvard Business School教授3人が、UberやDisney+、BrexitやBeyond Meatなど、ビジネスや文化に纏わる、その時々のホットなニュースについて討論する番組。3人の率直かつ、ビジネスの専門家としての視点を踏まえた意見は聞き応えありです。

「After Hours」

AIとビジネスの関係を深掘りする「Exponential view」

データやAIについて独自の調査を行う組織「Ada Lovelance Institute」の取締役で、投資家のAzeem Azharがホストを務めるチャンネル。The EconomistやNew York Timesなどで業績が紹介される Azhar氏と、多彩なゲストが、AIやその他の急成長する技術が、どのようにしてビジネスや社会に影響をもたらしているのかについて語り合う、興味深い内容です。

「Exponential view」

忙しいビジネスリーダーへ「The Anxious Achiever」

仕事と私生活の線引が曖昧であることが当たり前となった昨今。精神的苦痛を訴える人が増加しつつあります。企業家で、「Hiding in the Bathroom」の著者、Morra Aarons-Meleをホストに、起業家やリーダーたちが経験した心の病を例に、心の状態がどのように仕事に影響を及ぼすのかについて語る番組。

「The Anxious Achiever」

ハーバードのケーススタディを体感「Cold Call」

HBSのマーケティング・コミュニケーション最高責任者のBrian Kennyがホストを務める番組。HBSで教鞭を執るさまざまな教授をゲストに招き、ホットな時事問題を取り上げ、ケーススタディ形式で問題を解説しています。”仕事場×宗教といった話題から、GPIFのCIOである水野弘道氏の講演まで、毎回多彩な話題で楽しませてくれます。

「Cold Call」

FOMOを乗り越えるヒントに「FOMO Sapient」

2013年にOXDに新しい単語として追記された単語・FOMO(Fear of MIssing Out)の生みの親であり、国際ベンチャーキャピタリストであるPatrick J. McGinnsがホストを務める番組。McGinns氏がゲストの「Who・How・ Why」を聞き出し、視聴者に世の中のリーダーがFOMOを乗り越え、彼らが仕事や生活に望むものを選択するためのヒントを届けています。

「FOMO Sapient」

知識のインフラとして世界に広がるPodcastの可能性

HBRが取り組む「IdeaCast」をはじめとするPodcast番組は、インターネットさえあれば、どこに住んでいても、どのような境遇でも、幅広い知識に触れることができます。誰でも情報に触れられる公共性の高さから、知識のインフラともいえるかもしれません。

今後も、Podcastの品質向上とサイトの利便性向上を進めることで、高い公共性を保ちつつ、新しいHBRファンを増やし、サブスクリプションサービスの利用者を増やしていくでしょう。これからの「HBR Ideacast」の新たなアクションに目が離せません。

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