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放映権バブルへの回答。NetflixがW杯で仕掛ける「ショルダーストラテジー」の勝算

2025.12.23

smnl-ai-netflix-worldcup-shoulder-strategy 2026年、北米3カ国で開催されるFIFAワールドカップ。この世界最大のスポーツイベントを巡りメディア業界に静かな、しかし決定的な地殻変動が起きています。

AmazonやAppleといった巨大テック企業が数千億円規模のスポーツ放映権争奪戦を繰り広げる中、動画配信の王者Netflixは、あえてその土俵には上がらない選択をしました。彼らが選んだのは、試合そのものではなく、試合について語るを獲得することです。

Netflixは、元イングランド代表のゲーリー・リネカー氏がホストを務める人気ポッドキャスト『The Rest Is Football』の配信権を獲得しました(出典: https://www.bbc.com/news/articles/c14vxr0z3yxo)。試合映像を一切流さずに、ワールドカップの熱狂を自社プラットフォームに取り込むこの戦略は、ショルダーストラテジー(周辺コンテンツ戦略) と呼ばれ、高騰する放映権ビジネスへの強烈な対抗策となっています。

本記事では、Netflixのこの一手が示唆するメディア戦略の転換点と、コンテンツビジネスの新たな勝算について解説します。

1. 高騰する放映権市場とストリーミングの現在地

1-1. ライブ配信権を持たずにスポーツファンを取り込む方法

近年、スポーツのライブ放映権料は天井知らずの高騰を続けています。NBA(米プロバスケットボール)やNFL(米プロフットボール)の放映権契約は10年単位で数百億ドル規模に達し、従来のテレビ局だけでなく、豊富な資金力を持つAmazonやYouTubeが主要なプレイヤーとして参入しています。

このマネーゲームに対し、Netflixは慎重な姿勢を崩していません。彼らの戦略は、高額なライブ中継権を購入するのではなく、スポーツの周辺にあるドラマや物語に投資するというものです。

これを象徴するのが、F1レースの人気を爆発的に高めたドキュメンタリー『Formula 1: 栄光のグランプリ(Drive to Survive)』の成功です。レース結果そのものではなく、レーサーやチームの人間模様(裏側)を描くことで、既存のファン以外も巻き込むことに成功しました。2026年ワールドカップにおける『The Rest Is Football』の獲得も、この延長線上にあります。試合映像がなくとも、信頼できるパーソナリティによる試合後の本音トークや分析があれば、ファンは十分にエンターテインメントとして楽しむことができるのです。

1-2. リネカー獲得に見るNetflixの費用対効果戦略

今回Netflixが契約したのは、英国で絶大な人気を誇るポッドキャスト『The Rest Is Football』です。ホストには、長年BBCのサッカー番組『Match of the Day』の顔であったゲーリー・リネカー氏に加え、アラン・シアラー氏、マイカ・リチャーズ氏という元スター選手が名を連ねています。

この契約の巧みな点は、費用対効果(ROI)の高さにあります。

ワールドカップの全試合放映権を獲得するには莫大な費用がかかりますが、人気ポッドキャストの独占配信権であれば、その数分の一、あるいはそれ以下の投資で済みます。それでいて、Netflixは以下の価値を享受できます。

  • 毎日の視聴習慣: 大会期間中、ニューヨークのスタジオから毎日エピソードが配信され、ユーザーに毎日のアクセスを促します。
  • グローバルな訴求力: リネカー氏らの知名度は欧州を中心に高く、英語圏全体での視聴が見込めます。
  • リスク分散: どの国が優勝しても、番組内でその話題を扱えばよいため、特定のチームの敗退によってコンテンツ価値が暴落するリスクがありません。

Netflixは、高コストな試合中継(メインディッシュ)を他社に任せ、利益率の高い関連コンテンツ(デザート)を独占するポジションを確立しようとしています。

2. 「ショルダープログラミング」という新たな戦場

2-1. 試合映像なしで成立するコンテンツの力

スポーツビジネスにおいて、試合中継以外の関連コンテンツをショルダープログラミング(Shoulder Programming)と呼びます。文字通り、メインコンテンツ(頭)を支える「肩」のような役割を指しますが、Netflixはこの「肩」を主役に変えつつあります。

『The Rest Is Football』は、ビデオポッドキャスト(映像付きポッドキャスト)という形式をとります。これまでのラジオ的な音声コンテンツとは異なり、スタジオでの掛け合い、ゲストとの対話、そして彼らの表情やリアクションそのものが映像コンテンツとして成立します。

特に現代の視聴者は、単なる試合結果以上のものを求めています。

  • なぜその采配をしたのか?
  • ロッカールームで何が起きていたのか?
  • あの判定について、元プロ選手はどう思うのか?

これらの背景や文脈に対する需要は、試合映像そのものと同じくらい高く、かつYouTubeやSNSでの切り抜き動画(クリップ)としても拡散されやすい性質を持っています。

2-2. 視聴者の可処分時間を奪う「試合外」の物語構築

Netflixの強みは、物語の構築力(ストーリーテリング)にあります。ライブ中継は筋書きのないドラマですが、ショルダープログラミングは編集や構成によって意図したドラマを作ることができます。

2026年ワールドカップ期間中、リネカー氏らはニューヨークに滞在し、現地の熱狂や、イングランド代表キャンプからのレポート、さらにはファンゾーンの様子などを伝えます。これにより、視聴者は試合が行われていない時間帯も、ワールドカップという祭りの空気に浸り続けることができます。

Netflixにとっては、ユーザーの可処分時間をいかに長く自社アプリ内で占有させるかが重要です。2時間の試合中継が終わった後、ファンがYouTubeやX(旧Twitter)に流れるのを防ぎ、Netflix上のトーク番組に引き留めることができれば、プラットフォームとしての勝利と言えます。

2-3. 既存のファンベースを活用したリスク回避

Netflixがゼロからサッカー番組を立ち上げるのではなく、すでに成功している『The Rest Is Football』を獲得した点も合理的です。

  • 固定ファンの移籍: ポッドキャストの既存リスナーをNetflixの会員として維持・獲得できる。
  • 品質の保証: すでに完成された出演者間の相性(ケミストリー)があり、番組としてのクオリティが担保されている。

これは、オリジナル作品を一から作るよりも遥かに低リスクで、かつ即効性のあるマーケティング手法と言えます。

3. 放送と通信の融合における主導権争い

3-1. 従来型テレビ放送からオンデマンドへの不可逆的なシフト

今回の契約の背景には、英国の公共放送BBCを巡る象徴的な出来事があります。ゲーリー・リネカー氏は、長年BBCで最も高給取りのプレゼンターでしたが、自身のSNSでの政治的発言がBBCの中立性規定と抵触し、議論を呼んでいました。結果として、彼はBBCの定時番組を離れ、より自由な表現が許されるストリーミングの世界へ軸足を移すことになりました。

これは単なるタレントの移籍ではありません。従来型のテレビ放送(リニアTV)という枠組みが持つ制約(中立性、放送時間の制限、スポンサーへの配慮)を、トップクリエイターたちが敬遠し始めていることの表れです。

一方、Netflixやポッドキャストの世界では、個人の意見や偏りのある本音こそが価値となります。視聴者は、無難な解説よりも、人間味のある率直な意見を求めており、そのニーズに応えられるのは放送局よりも配信プラットフォームなのです。

3-2. 2026年W杯が示唆するメディア勢力図の変化

2026年ワールドカップは、スポーツメディアの勢力図が完全に書き換わったことを示す大会になるでしょう。

  • ライブ中継: 依然としてテレビ局(またはAmazon等のライブ配信)が握る。
  • 話題作り・深掘り: NetflixやYouTube、ポッドキャストが主導権を握る。

Goalhanger社(リネカー氏が共同創業した制作会社)のような独立系スタジオが、放送局の下請けではなく、知的財産(IP)ホルダーとしてNetflixと対等に契約を結んだことは、クリエイターエコノミーの成熟を意味します。

企業がスポーツマーケティングを考える際も、単にテレビCMを打つだけでなく、どのポッドキャストのスポンサーになるか、どのインフルエンサーと組むかといった、よりターゲットを絞ったアプローチが重要になってくるでしょう。

4. まとめ

Netflixによる『The Rest Is Football』の獲得は、高騰する放映権ビジネスに対する「第三の道」を示しました。

巨額の資金で試合中継権を買い取るのではなく、その熱狂を解説・分析する周辺コンテンツを押さえることで、高いエンゲージメントとコスト効率を両立させる戦略です。

ビジネスパーソンが注目すべきポイント:

  • メインより周辺: 必ずしも一等地のコンテンツ(ライブ権)を持たなくとも、その文脈(解説、裏側)を握ることでビジネスは成立する。
  • プラットフォームの役割分担: 速報・ライブはテレビやSNS、深掘り・エンタメはストリーミング、という使い分けが加速する。
  • 個人のメディア化: 組織の論理よりも、個人のブランドや本音が人を動かす時代において、企業は誰とパートナーシップを組むべきか再考が求められる。

2026年のニューヨークから発信されるリネカー氏たちの本音トークは、試合そのものと同じくらい、あるいはそれ以上に、ビジネスのヒントに満ちているかもしれません。

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曽志崎 寛人
PROPO.FM Producer
曽志崎寛人
歴史ポッドキャスト「ラジレキ〜ラジオ歴史小話」 ナビゲーター